映画
映画名:東京物語
ジャンル:家族
備 考:Prime Videoで視聴
一言感想
昭和なのに温かい人情とは真反対の冷酷な話 しかも戦後から8年後の映画
感想
1953年に公開された映画。
昭和の映画といえば温かい人情が有名であり挫折しそうなメインの人物を周りの人が支えてくれる話が多いが、これは真逆である。
終始、子供達も孫達も冷たい。老夫婦に冷たく接する子供達の話である。
これで考えたのは初代ゴジラといい、昭和=温かい人情映画っていう認識は70年代以降の話で50年代は暗い映画が多い。戦時中の暗い雰囲気から抜け切られていない。
温かい映画が少ない。
ただ初代ゴジラも東京物語も冷たい人だけの映画ではなく中には優しい人もいる。
その人がいるだけで報われる。
監督
監督は小津安二郎さんである。簡単に言えば邦画なら黒澤明さんと並ぶ存在である。
彼の映画の特徴は固定カメラとローポジションのカメラである。
この映画を見てもらえば分かるがカメラが動くことは全く無い。ずっと固定カメラである。まるで1~3までのバイオハザードのカメラのようだ。
そしてローポジションである。この映画を見てみれば分かるが床が映らない事も多い上、カメラの目線も見上げる形になっている。
これらは小津調と呼ばれ、小津さんが監督の作品の特徴である。ただ戦後以降の映画の話であり戦前は例外もある。
ストーリー
尾道に暮らす周吉と、とみが東京に出かけて子供達に会う話である。
ここまでなら温かい映画のように感じるが実際は子供達は老夫婦に酷い扱いをしたり素直に歓迎しない。
冷たい映画であるが救いはある。戦死した次男の妻である紀子は優しい。この映画で唯一、血縁関係はないが老夫婦に優しくしてくれる人である。
なので最後には感謝の言葉を言う。老夫婦が最後に感謝するのは実の子ではなく他人って言うのも悲しい話である。
鉄道
この映画は新幹線開通前なので東海道・山陽新幹線などないので在来線特急が一番速い。ただ映画で使ったのは急行の広島行きだが。
しかも電車ですらなく蒸気機関車なので相当遅い。
もう一つ言うと、この時代はJRではなく国鉄であり分社化もしていない。
なのでJR東日本が管轄している東京からJR西日本が管轄している尾道まで新幹線無しでも乗り換え無しで行ける。
これだけは国鉄の利点である。
舞台
舞台は主に東京と熱海である。今回は熱海の方を取り上げる。
前述の通り新幹線がない時代なので熱海に行くのも在来線を使う時代だ。
簡単に言えば東海道新幹線ではなくサフィール踊り子で東京から行くようなものだ。
今だったら節約目的で使う人はいるだろうが大体は新幹線を使うだろう。
そして気になるのは当時の物価である。昨今の物価高を配慮しても4万程度は使わないと熱海で一泊二日は出来ない。
この映画で使ったのは6000円である。今の価値だとソフト一本くらいの値段で一泊二日出来るとするなら安い。
ただ70年以上前の物価だと相当な値段である。低くて数万~高いと十数万くらいだろう。
俳優
周吉を演じたのは笠智衆さんである。老いた役を演じていたがこの頃はなんと49歳である。
まぁ1953年の映画なんだから49でも老けててもおかしくないだろって人もいるだろうが最初の医者の長男を演じた山村聰さんは43歳な上、長女の志げを演じた杉村春子さんに至っては2歳年下の47歳である。
なお笠智衆さんの読み方は(りゅうちしゅう)さんである。かさちしゅうさんではない。
そして妻のとみを演じた東山千栄子さんは63歳である。俳優の年齢を考えると14歳差という歳の差夫婦である。
なので当時から見てもかなり老けた役をやった事は分かるだろう。そして40代は1950年代でも現役世代っていうのも分かる。
初代ゴジラは主演キャストは殆ど全員が亡くなってしまったが東京物語は、なんとご存命の俳優がいる。
それが次女の京子を演じた香川京子さんである。御年94歳であり3年前には映画に出ていた。
当時を知っている人がいるのは強い。
総評
昭和の映画だからって温かい人情を期待している人は驚くだろう。
この映画は徹底的に冷たいのだから。
昭和は人情だという幻想を打ち破ってくれる良い映画である。
そして小津安二郎さんの映画哲学が一番、反映されている。
これはそういった映画である。